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性同一性障害とトランスジェンダーは別物?「障害ではなく、生き方の一つ」が世界のスタンダード?

woman.type.jp

この記事でいくつか問題を感じたことを述べます。
杉山君は個人的に応援してますが、発言力が大きいだけに度々見過ごせないと感じています。記事で良いことも述べていますが、問題点のみを取り上げます。

トランスジェンダーは、生まれ持った体の性別に捉われない生き方をする人のこと。

×生まれ持った身体の性別
〇出生時、割当られた性別

トランスジェンダーの性別の変性を語る時によく「生物学的な性別」と「社会的な性別」といった対比で語られることがありますが、これはよくある「誤解」です。
実際にトランスジェンダーが変更しているのは「社会的な性別」です。
そもそも、シスジェンダーも出生時に社会的な性別を割当られて生きている、ということです。もちろん生物学、医学を根拠に割当が行われるわけですが、では、再割当が生物学、医学を何の根拠にもしていないかというと全くそうではありません。そうでなければ、近代的な意味での「トランスジェンダー」という概念は成り立ち得ません。
トランスジェンダーの行う外科オペレーションを「性別適合手術」とか「性別再割当手術」などと呼んだり(“Sex Reassignment Surgery” 俗に言う「SRS」)、性別変更のための国家システム上の手続きが存在するのはそのためです。

「出生時割当られた性別」→再び「性別を割当る」

出生時、人は「性別を割当」られ、以後そのまま過ごす人もいますが、トランスジェンダーの人たちがしていることは、その「性別の割当」を再び行うことです。オペをしなくても「社会的には同じこと」です。医療過程を経ないで本人が勝手に自称したとしてもです。いずれもそれが「ジェンダー」(社会的に構成された性別)であることに違いはありません。理屈ではそうですね。
ここには出生時に割当られた性別と生物学的な性別が常に一致しているものだ、という強固な思い込みがあります。
トランスジェンダー」が社会のジェンダー規範に与える有意義な点は、誰にとっても「ジェンダー(この場合は性別一般のこと)」が「社会的に割当られたもの」であり、身体要件に一致するわけではないと人々や社会の思い込み、決め付けに変更を迫ることです。

②「『障害だから仕方がない』という福祉的な観点を伴っていたので、良くも悪くも社会に受け入れられやすかった」

× 間違っています。

「福祉」の観点から見た日本におけるトランスジェンダーの病理化は、「障害だから仕方がない」が理由でも目的でも動機でもありませんでした。日本では「性別適合手術(性転換手術)」の合法性の担保と、医療ケアへのアクセスを保障するためにトランスジェンダーが病理化されました。それを「病気、障害とすることで社会の理解を得た」と言うことも可能ですが、「障害だから仕方がない」わけでは決してありませんでした。

rainbowflag.hatenablog.com

③「性同一性障害」と「トランスジェンダー」。前者は疾患名で、『あなたは性同一性障害です』と他者から付けられるもの。後者は、自分のアイデンティティーとして『私はトランスジェンダーです』と自発的に称するもの。

△間違ってはいないが、今後は言い方をアップデートする必要がある。

性同一性障害」と「トランスジェンダー」の説明について長らくこうした説明が採用されて来ました。史実から言っても正しいと言えます。
しかし、現在、「医療ケア」、「医療過程を前提としないトランス」というのはもはや考えられません。例えば以下の記事においてはトランスジェンダーへの医療ケアは当然の権利であることが前提です。


トランスジェンダーの人々へのヘルスケアの保護を削減するトランプの計画

www.nytimes.com

性同一性障害」は今後、「ICD-11」(世界保健機構)において「Gender Incongruence(性別不合)」という新しい「診断コード」へ変更され、「診断カテゴリー」は「精神疾患」から「性の健康に関する状態」へと移行します。これは「スティグマ軽減」のためであって、「スティグマ軽減」は「診断コード」からの排除の理由にはなりません。なぜならば、「診断コード」は「トランスジェンダー」の人々が様々なサービスにアクセスするために必要なものだからです。

以下はDSM、ICDでのワークグループに在籍するニューヨーク市コロンビア大学精神科臨床学教授のジャック・ドレシャー氏。

New Diagnostic Codes Lessen Stigma for Transgender People
Jack Drescher, MD
2017/9/11 Medscape
https://www.medscape.com/viewarticle/885141

Our workgroup concluded, however, that removal of the diagnosis could be quite problematic because in order to access services, you need a diagnosis. We were caught between access to care and the stigma associated with a psychiatric diagnosis. Stigma is not reason enough to remove a mental disorder diagnosis if one needs one.

私たちのワークグループは、診断の除去は非常に問題があると結論しました。なぜならサービスにアクセスするためには診断が要るからです。私たちはケアへのアクセスと精神医学的なスティグマとの間に捕らわれました。診断を必要とする人がいるなら、スティグマ精神障害の診断を除去するのに十分な理由にはならないのです。

The recommendation, which has been followed, is that the new diagnosis, called gender incongruence, will be moved from the mental disorder section to another chapter, called "Conditions Related to Sexual Health." This allows countries that have national healthcare systems to have a diagnosis code, to continue to provide care for people, and to reduce the stigma of a mental disorder.

性別不合(gender incongruence)と呼ばれる新しい診断を、精神障害のセクションから「性の健康に関する状態(Conditions Related to Sexual Health)」と呼ばれる別のチャプターへ移行させる提言が採用された。これにより、国家的ヘルスケアシステムを持つ国々が診断コードを用い、人々へのケアの提供を維持し、精神障害スティグマを軽減します。

 世界トランスジェンダー・ヘルス専門家境界(WPATH)のケア基準「トランスセクシュアルトランスジェンダージェンダーに非同調な人々のためのケア基準」。

Standards of Care(World Professional Association for Transgender Health)

医療過程、病理化に反対する日本のトランスジェンダーもWPATHを参照しますが、全編に渡ってほぼ「医療ケア」を前提にした内容です。そもそもタイトルに「for the Health of Transsexual,Transgender, and GenderNonconforming People」とあること自体、留意すべきでしょう。

④「障害ではなく、生き方の一つ」が世界のスタンダード?

×「障害」や「病気」と「生き方」を区別する合理性がありません。

専門家はトランスジェンダーへの「医療ケア」を保障するために「診断コード」を用いています。今までもそうでしたが、精神科医ジェンダークリニックに訪れるトランスジェンダー精神障害者として診断してきたわけではありません。

これはあべメンタルクリニック、阿部輝夫氏の論文です。2006年のものです。色々書いてありますが、結びの一節です。

性同一性障害について

かれらが自分自身のセクシュアリティのありかたを大切にしようとするトランスジェンダーリング(※ママ)の主張をわれわれは尊重するべきではなかろうか。

と語って終わっています。内容的に疑問を持つ箇所もあるでしょうが、ポイントはそこではなくて「医師がトランスジェンダーをパーソナリティ、セクシュアリティとして理解しようとしている」点です。その発想がなければ結びの一節は出て来ないでしょう。

今後、「診断コード」をどう考えるかですが、「病気だからいけない」のではなくて(それがスティグマです)、トランスジェンダーの人々が個々の健康な状態を管理するために「診断コード」が定義されている』と考えるのが妥当でしょう。
性同一性障害」や「性別不合」は、スティグマではないし、トランスジェンダーの生き方を阻害するものでもなく、トランスジェンダーが「医療サービス」を受けるための「診断コード」です。

自分の状態を一種の「障害」や「病気」とし、それを前向きに捉え直して生きて行くこともトランスジェンダーの生き方のひとつですし、「個性」のひとつとしてトランスジェンダーの生き方とすることも、トランスジェンダーの生き方のひとつです。どちらがどう、という話ではもうない、ということです。
私たちは「病気」や「障害」へのスティグマをもう捨てましょう。もう、そういう時代ではないのです。