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性同一性障害は病気?病気ではない? 菊池あずはさんの事件をめぐって~トランスジェンダーを語る時、多くの人に最低限知っておいて欲しいこと

ちょーす。ひばりんです。

先頃平成27年12月3日菊池あずはさん(29)の論告求刑公判が東京地裁(石井俊和裁判長)で行われましたね。検察側は懲役18年を求刑しました。4日の判決で懲役16年となりました。

で、今回は、この菊池はずはさんの報道をめぐり二つの出来事を取り上げます。その上で「トランスジェンダー」や「性同一性障害」を知ってもらうために大事な点を述べます。

まずはまとめから。同一事件の被告人(菊池あずはさん)への人々の反応ですが、全く逆転しています。

性同一性障害で情状酌量、減刑はおかしい? - Togetterまとめ

性別適合手術後に勾留、ホルモン投与認めず - Togetterまとめ

最終弁論であずはさん弁護側が情状酌量を求めました。この時に軽度の障害として「知的障害性同一性障害発達障害」を取り上げたことに世論が激しく反応しました。特に「性同一性障害」ですね。

などがよく見られた意見でした。
一方で、あずはさんは拘留中、ホルモン投与を受けられませんでした。あずはさんは手術を受け戸籍まで変えた「MtF」です。「性同一性障害の人にホルモンを与えないのは人権問題だ」と、今度は一転して多くの人があずはさんを擁護しています。
また「性同一性障害」への理解、扱い、解釈もまったく逆転します。情状酌量では「性同一性障害」が「個性」や「人格」「才能」の一種として捉えられ、それを減刑の理由とするのはおかしいという意見が見られます。「ホルモン投与」では逆に「性同一性障害」が「病気」や「権利」であり「障害」であることが訴えられています。
二つのまとめから世論の最大公約数の意見を仮に引き出すならば『「性同一性障害」で情状酌量は「差別」だが、拘留中にホルモンを与えないのは人権侵害だ』と言っていることになります。

次のツイートは当事者の連続ツイートです(同一人物)。

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あずはさんは1日の初公判で起訴内容を全面的に認めています。ですから、残った公判手続きにおける争点は「量刑」ぐらいしかないでしょう。責任能力を担保した上での「情状酌量」ですから、刑法第39条「心神喪失者の行為は、罰しない」による不起訴、無罪、減軽といった話ではないと考えられます。出廷した精神科医は「障害によって責任能力がなくなるわけではないが、犯行への関係がないとは言えない」と述べています。判決では「犯行に及んだのは、障害で説明できない」、「障害が犯行に与えた影響は限定的」と判断されました。

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これらの発言は、当事者への理解や、好意、同情から発せられたもので、もちろん差別を目的としたものではなく、逆に情状酌量の理由とすることが差別に繋がると訴えるものでした。しかし、報道の在り方が、弁護側の主張を上手く伝えれなかった、ミスリードを誘った可能性も少しあるかなと思います。

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「刑事責任能力」については良さげなリンクを引っ張っておきます。

 

トランスジェンダーを語る時、多くの人に最低限知っておいて欲しいこと
性同一性障害は病気?個性?

今回のポイントです。
人々の反応で多くの誤解が見られました。また、巷の「LGBTの説明」や「セクシュアルマイノリティの用語説明」などといったものにおいても非常によく見られます。当事者やLGBTの講師も間違えたり、説明出来ないことがあります。
それは特に日本固有の事情(※)にもよるので仕方がないのです。
ポイントを抑えて以下、解説します。

①「性同一性障害」は病気?病気ではない?

性同一性障害」は概念としては「病気」です。「性同一性障害」は「病理概念」です。一方、性別を変える人を広く捉えて「トランスジェンダー」と呼びますが、「トランスジェンダー」は「病理概念」ではありません。
LGBTへの理解が進み「性同一性障害は病気ではない。個性だ!」といった主張、説明がよくされるようになりました。世界的には「性同一性障害」を国際的な診断基準から外そうという「脱病理化の運動」も高まっています。「性別を越えて生きることは『病』ではない」というのは主に「トランスジェンダー」の人たちの主張です。
トランスジェンダー」や「多様な生き方」は「病気」ではありませんが、「性同一性障害」は「病気」です。診断を受けるため当事者は精神科に通います。
トランスジェンダー」を学術的、医学的に定義すると「性同一性障害」だということになりますが、「性同一性障害」には「診断基準」があります。従って「性別を変えてはいるけど、性同一性障害とは呼べない(診断出来ない)状態」、つまり「性同一性障害のエビデンスに合致しない状態」もあります。

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トランスジェンダー」の訳語が「性同一性障害」なのではありません。
「Gender Identity Disorder,GID」の訳語が「性同一性障害」(疾病名、診断名)、「Transgender」の訳語が「トランスジェンダー」です。

②「性同一性」の「障害」や「病気」ではない。

性同一性障害」という名称から誤解を受け易いのですが、「性同一性」が直ちに「病気」や「障害」なのではなく、「性同一性」が非典型なために医療を必要としたり、介助や配慮が必要となる状態…ということです。
性同一性障害の「性同一性」とは「ジェンダーアイデンティティ」と言い、日本語では「性自認」と呼ばれています。「性の自己意識」とも言います。綴りから、まるで「性同一性」が「障害」である(異常である)かのような印象を受けてしまいますね。
性同一性(性自認)が非典型であったり、個性的であっても、大丈夫な人は大丈夫です。そのままで生きて行けます(エビデンスに合致しない)。そのうちの、何%かの人が身体的、精神的なバランスを崩し、生活苦から様々な傷病を併発したり、生きて行く上で深刻な問題を抱えます。

③日本はダブルスタンダード~「性同一性障害」と「トランスジェンダー

実は日本では性別を変えて生きる人に対して「性同一性障害」と「トランスジェンダー」という二つの概念で現在「やりくり」しています。
つまり「ダブルスタンダード」なんです。日本のお家芸みたいなものです。
上手く「やりくり」していると言って良いか、どうかはちょっと微妙ですが「日本はダブルスタンダード」だということは覚えて置いて下さい。
とにかく「ダブルスタンダード」! これ今日の一番のポイントです。

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④「性同一性障害」「トランスジェンダー」、どう使えばいい?

性同一性障害」が「病理概念」であるからこそ、「トランスジェンダー」の人たちは「性同一性障害」を批判しています。また「生きること」と「性同一性障害であること」は「違う」と主張するのです。
一方で「性同一性障害」の一部の当事者は、自身が「病気であること」や「障害者に該当する状態だ」ということをよく理解しており、またそれを受け入れています(全ての当事者がそうではありません)。つまり、性別を変えて生きる人たちの中には病気であることを受け入れ、制度に適応しようとする人たち(保守的?)と、病気であることを否定し、自由な精神に基づき、制度を自分たちに合ったものへと改革しようとする(革新的?)人たちが存在するのです。
面白いですね。

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で、どっちが正しいみたいな議論をしても、あまり生産性はないので、ここでは結局、それで「どーすればいいんだ?」いうことをですね、述べたいと思います。

結論から言うと、「性同一性障害」は「病気」や「障害」として取り扱っても良いのですが、「トランスジェンダー」でそれをしないようにします。逆に「トランスジェンダー」を「個性」や「才能」と呼ぶのは良いのですが、「性同一性障害」でそれをしないようにしましょう。

性同一性障害」と「トランスジェンダー」は重なり合いますが、決してイコール(=)で結ばないようにします。

OKなパターン
トランスジェンダー性同一性障害を含む)」
性同一性障害トランスジェンダーなど)」
トランスジェンダーは個性でしょ!才能でしょ!」
性同一性障害の診断、治療」

NGなパターン
トランスジェンダー性同一性障害)」
性同一性障害トランスジェンダー)」
トランスジェンダーは病気、異常」
性同一性障害は病気じゃない。個性だ」

性同一性障害」はDSM-5(アメリカ精神医学会)で「性別違和」に変更された後も日本では「診断名」として、また通称「特例法(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律)」と呼ばれる法文にも使われています。企業や教育機関、役所、病院など公的な場面では有用性が高く、今のところ一択です。ただ、対象者を「病態」として扱っていることを忘れないようにしましょう。学校で先生は「○○ちゃんは病気だから仕方ないよね」などと言わないようにしましょう。当事者が病気であることを受け入れていくためには、時間が必要ですし、中には病態が全くそぐわない、「病気であることを受け入れたくない」人もいます。

トランスジェンダー」はゲイライツ、LGBTムーブメントの過程で当事者により育まれた言葉です。日本のフォーマルな場面で能力を発揮出来ません。しかし多少乱暴に扱っても大丈夫な用語です。特定の定義を持っていません。自由に使える!ことが「トランスジェンダー」という言葉の最も魅力的な点です。サブカルチャー、娯楽、コミック、アニメ、小説、日常会話など、カジュアルな場面で使えそうなら積極的に使いましょう。コンテンツのキャラクターである場合、「トランスジェンダー」なら相当にユニークなものでも許されるでしょうが、「性同一性障害」だと「エビデンス」があるわけですから「有効範囲」が狭いです。何か違うと「あれは違う」と当事者から突っ込まれそうです(あまりにも酷いと団体からクレームが届きますね)。
難しいことと思いますが、テレビでも、報道やバラエティ、番組のテーマにおいて少しでも使い分けが出来ればいいのかなと思います。

⑤「病気であること」はいけないこと?

性指向性や性同一性(性自認)が非典型な者を「病気」「異常」とし、精神病院に収容したり、電気ショック療法や投薬により性指向性や性同一性(性自認)を矯正するといった拷問のようなことが行われていた時代がありました。正常か、異常か、少数者への弾圧のために自然科学、医学、学問が援用されてきた、ということです。現在も一部の国、地域では特定の性指向性や性同一性(性自認)が犯罪化され、迫害や差別が行われています。
しかし、現在、日本が「病理概念」を採用している理由は対象者を収容所に閉じ込め矯正する、差別や迫害が目的なのではありません。
日本は対象者の救済、「福祉」を目的として「病理概念」を採用していると言えます(実態としてそれが上手く行っているかどうは別として)。

かつて国内での性別適合手術を合法化、正当化するためのものだと言われた日本の診断基準(ガイドライン)です。きっかけは不幸な出来事としか言い様のないもの(※)だったのですが、改版の過程で多くの当事者や専門家が関わったのでしょう。4版を迎えた現在、もはや執刀医が逮捕されないためだけに存在しているとはとても言い難い内容へと変貌を遂げています。
素晴らしいですね。ガイドラインは当事者と専門家が歩み寄ることで集積された知的資源だと言っても良いでしょう。

当事者バッシングとその後

経産省のトイレの件から、最近、トランスジェンダー性同一性障害を巡る事件が立て続けに起こりました。特に殺人事件においてはどれも過激な内容です。
その度に事件を起こした当事者を激しくバッシングする当事者が後を絶ちませんでした。悲しいことだなと、思います。
当事者の意見は当事者の気持ちを代弁していることもあります。しかし、抑圧を受ける、社会的に立場が弱い人々は、事件により自分がさらなる抑圧を受けないために世論を先取りし、鏡写しとなる意見を述べることも多いです。社会で不祥事を起こした当事者に対し同一グループの当事者は激しいバッシングを与えますが、これは自分を含め残った者への差別や抑圧が厳しくなることを恐れた当事者の自己防衛ではないかと考えられます。世の中に差別があるから生じる現象です。
みなさんにお願いがあるのですが、「当事者をバッシングする当事者」の主張をあまり真に受けないようにして欲しいです。
また、仲間の他のLGBTの方もそうした「当事者をバッシングする当事者」をあまり責めないで欲しいです。
この人たちは世の中の圧力に反応してるのであって、この人らをさらに批判しても意味のないことです。

遺族の方のお気持ちを考えると言葉もありません。
しかし、私は可能なら、菊池あずはさんが更生し、第二の人生を(戸籍変更してますから、第三の人生でしょうか。何度でも生まれ変わればいいし、生まれ変われると思います)歩まれることを望みます。

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出て来た頃には今の私と同じぐらいでしょうか。その頃にはもっとトランスジェンダーが生き易い世の中になっているでしょうか。いつか仲間のために1秒でもいいから、自分の時間を使って下さい。

ひばりんでした。

 

※の説明
日本固有の事情…つまり日本が「性同一性障害」と「トランスジェンダー」のダブルスタンダードなのだということをよく知ってないと勘違いを様々なところでします。まず「二重基準」なんだと知っておけば、理解しやすいはずです。

きっかけは不幸な出来事ブルーボーイ事件 - Wikipedia

 

一般の人、当事者の意見はモザイクをかけています。ま、検索すればヒットしますけど、個人への批判が目的ではないので。識者、著名人のツイートは露出しています。希求力、説得力があること、本人の不利益にはならないことから。

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hibari.mizuno@gmail.com 水野ひばり