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レインボーフラッグは誰のもの

LGBT セクシュアリティ ジェンダー系の話題

ポケモンGOで選ぶ必要がないのは「性別」だけじゃない?

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ちょわわっす。ひばりんです。
超お久しぶりです。
みなさん、お元気していましたでしょうか。さて、日本でもPokemon GOがリリースされて、連日ニュースをお騒がせしています。アプリのアナリティクスを手がけるSensor Towerは、Pokemon GOが近いうちに推定7500万ダウンロード、2ヵ月間で1億ダウンロードに達する可能性があると伝えています。
そんな中、何気に呟いた次のツイートがヒットしました。今だリツイが回っていて、人々の関心の高さを感じます。
さすがに筆不精のひばりちゃんも、これは何か書いておいた方がいいかなと思って、書き留めておきます。

このツイート自体はあるTwitterユーザーのツイートに私自身触発されてポストしたものです。

※私のツイートの画像はこの方のツイートの画像を拝借したものでした。ありがとうございますLady_Dadaistさん。

まとめはこちら。

togetter.com

実はやったことがある人は知っているはずですが、「スタイル」として選べるのは「性別」だけではなく、「髪型」や「目の色」「肌の色」などキャラクターの様々な属性についてが「選べるスタイル」なのですね。ですからこれは何も「性別」に限ったことではありません。

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それを「スタイル」としたことについては様々なことが言えそうです。しかし、Pokemon GOは世界30カ国以上でリリースされ、今や世界中の人々が興じています。開発の段階からグローバルでダイバースなユーザーが対象化されていたはずです。

ゲームのキャラクターの「属性」のうち「性別」や「肌の色」などは現実には私たちは自分の意志で選べません。残念ながらこれらを私たちは「自分がどうしようもなく持って生まれたもの」として受け入れていくことになります。
そして、その「持って生まれたもの」を巡って、人々の間に役割や階級、差別、偏見があることはよく知られている事実です。ある人々にとっては当たり前の「性別」や「肌の色」が、別の人々にとっては「当たり前」ではなく、友達が自殺したり、あるいは自分の命が狙われたり、あるいは仕事に就けない理由であったりします。
当たり前に人と話し、当たり前にトイレで用を足し、当たり前に好きな人とセックスし、街を一緒に歩く。そんな当たり前なことが全くもってなぜか出来ない理由であったりするわけですよ。ただ「それだけ」のことでです。戦争が起こったり、人が殺されちゃったりするわけです。
そんな人々にとって、例えそれがゲームの中のキャラクターの「属性」だったとしても、それを気軽に楽しむことなど果たして出来るものでしょうか…。

ちなみにアンチ勢のこんなツイートも。

こちらは私の反論です。

任天堂」と言っていますが、御存知のようにPokemon GOはゲームの構想に任天堂が拘わってはいるものの、開発・販売元は、先にブレイクしたかの有名な位置ゲー「Ingress」を世に出したNiantic, Inc.です。

jp.techcrunch.com

Nianticgoogleから独立した会社で、googleと言えばLGBTフレンドリーな企業として知られています。
企業のダイバーシティインクルージョンにおいてLGBTポリシーをうたっているgoogleのオフィシャルサイトです。

www.google.com

Some of our most talked-about benefits include our caregiver leave program and our LGBT policies.

「性別」や「肌の色」など本来選べないはずの「属性」をファッションを含めて自由に選べる「スタイル」としたアイデアの根底には、もともとダイバーシティインクルージョンを思考せざるを得ないグローバルな競争社会とそれに特化した企業理念があったんじゃないかと思います。「スタイル」という言葉が、単に便宜上考案されたとはとても考えにくいですね。

ところで「任天堂」ですが、2014年にゲーム「トモダチコレクション 新生活」をめぐって同性婚の問題が話題となりました。

www.huffingtonpost.jp

「ゲイの自分としては、すごくがっかりしました。人間関係や結婚はこのゲームで大きな位置をしめていますから。フィアンセのMiiと遊びたいのに、それができない。もしやろうと思ったら、自分か、パートナーの性別を変えなくてはなりません。トモダチコレクションは、本当にファンタスティックなゲームです。だから、それがみんなが楽しめるものであってほしい」

www.excite.co.jp

しかし、その「任天堂」も翌年の新作『ファイアーエムブレムif』のリリースではこんな発表をしているのです。

r25.jp

「当社は当社のゲームプレイ体験が、当社が事業活動を行う地域社会における多様性を反映させたものであるべきだと考えます」

そして今回のPokemon GOです。開発、所有者から距離を置くとは言え、任天堂も世界の市場で人々の様々なニーズを体験し、変わっていったのではないでしょうか。飛べ、任天堂。飛んでくれ!
現実の世界では「持って生まれた属性」である「性別」や「肌の色」が人の自由な行動を限定し、思考パターンに一定の規則を与え、同じ人間であるはずなのに、ある人には特権的に出来ることを、別の人には差別的に出来ないことを作り出しています。とんでもないことです。
しかし、ゲームやファンタジーの世界で、多くの人がなるべくその影響を受けないで、どんな人でも楽しく、自然にゲームやファンタジーの世界に入れるようにするにはどうしたらいいでしょうか。
そういうことを考えないと企業は生き残れない時代なのですね。
その工夫を「スタイル」という言葉に感じたからこそ、そこに多くの人が共感し、感動したんじゃないかと私は思います。だからこそPokemon GOは世界中の人々の反響を呼んだのではないでしょうか。

PC(ポリティカル・コレクトネス)と言うより「ユニバーサルデザイン」と呼んだ方がいいかもしれませんね。PCにはアレルギーを起こす人も多いですから。
これは競争社会やネオリベラリズムに特化した企業が勝ち残るための体験を重ねて得た成果ですから、皮肉なものですよね。喜んでばかりもいられず、最も本質的な問題がそこにありそうです。
でも、でも、今はPokemon GOを歓迎したいものです。そこに出来たハッピーな世界をみんなで楽しみましょう。

はい。ひばりちゃんでした。